タイと日本はそれぞれ異なる歴史的な背景に基づいて発展してきた国であり、独自の文化や価値観を持っています。異なる国の人同士のコミュニケーション、とくにウェブサイトや広告など、広く多岐にわたる人々を対象としたコミュニケーションにおいては、相手の文化や価値観を理解することが必要不可欠だと考えます。
日本には「タイを訪れたい」「タイの商品を買いたい」といった人は大勢います。タイにも日本のファンがたくさんいます。しかしながら、まだお互いの魅力が完全に伝わっていないと感じる人も多いことでしょう。「WEBを通してタイと日本の間でよりボーダレスに魅力を伝え合うにはどうすればよいか」ということは、弊社がタイに設立して以来の大きなテーマでもあります。その中でデザインの果たす役割は非常に大きいと感じています。
弊社はタイに設立して10数年になりますが、設立当初からタイと日本を頻繁に行き来する筆者なりの視点から、タイと日本のデザインを使ったコミュニケーションについて考えてみたいと思います。
多様性のアプローチからデザインについて考える重要性
近年、多様性 (Diversity) という言葉を頻繁に耳にします。様々なバックボーンをもった多種多様な人々が集まり、お互いの特性や思考の違いを認め合いながら、チームとして成長していける状態を目指していく。ダイバシティー&インクルージョンはほとんどのグローバル企業が掲げるビジョンともなっています。
自国の文化と他国の文化について知り、それぞれの違いを比較しつつ、調和をはかっていくという考え方は、デザインを使ったコミュニケーションにおいても非常に重要だと考えます。
また一方で、異なる文化を認め合い融合することで全く新しい価値や手法を生み出す可能性を秘めていると考えます。
そこでまずは、タイと日本の伝統的なデザインを例に見ながら、その違いや共通点について考察してみたいと思います。
タイと日本の伝統的なテキスタイルに見るデザインの多様性
まず分かりやすいところで、テキスタイル(布地・織物)を例に見ていきたいと思います。
タイでは伝統的な手織り技術が広く受け継がれています。様々な地域で異なるスタイルやパターン(柄・模様)が存在し、手仕事の繊細さや美しさが特徴的です。デザインには象徴的なパターンやシンボルが頻繁に使われます。例えば、象はタイの象徴であり、また、仏教のシンボルであるロータスや仏足跡などもデザインに取り入れられることがあります。そして何より、鮮やかで豊かな色彩が特徴的であり、金や赤、緑、オレンジなどがよく使われます。
タイにおいて色は特別な意味を持っており、例えばタイでは曜日毎にその曜日の色が決まっています。タイ人は自分が生まれた曜日の色を大切にしており、着る服や身につけるアクセサリーに自分が生まれた曜日の色で選ぶ人も多くいます。鮮やかで発色の良い生地を使ったテキスタイルが多いのも、色の意味を際立たせる意味があるのかもしれません。
タイの伝統的なテキスタイルには、豊かなカラーと模様が特徴的です。鮮やかな赤、青、緑、オレンジなどが頻繁に使用されています。
一方、日本の「和」のテキスタイルデザインは、 シンプルな美しさと機能性を重視しています。パターンには、植物、花、動物、波といった自然がモチーフとされることが多く、四季折々の変化や風景が表現されます。幾何学的なパターンはタイよりも簡潔でより抽象化されたものが目立ちます。色彩を静謐で抑制された色合いを好み、深い緑、青、茶色など、淡い自然な色合いが多く見られます。
日本人の色彩感覚は四季折々の豊かな自然に基づいており、日本の伝統色の色名には山吹色、浅葱色(あさぎいろ)、茜色など、空や水、花、草木などの微妙な色の違いを見分け、多くの色彩の名前をつけてきました。
色彩は衣装にも反映され、衣装一枚ごとの表裏の色合いや、光が透過した時に見える微妙な色合いの違いを楽しんでいました。
綿や麻などの素材は手触りが良く通気性に優れ、機能性を重視した用途で頻繁に利用されます。
タイと日本、どちらも伝統的な工芸技術やクラフトマンシップが尊重され、丁寧な手仕事から生まれる質感や仕上がりの美しさに価値を置いているところはどちらも共通しています。
それぞれの国のテキスタイルパターンをグラフィックデザインに取り入れることで、デザインに地域性や特有の雰囲気を与えることができ、製品やプロジェクトにその国のアイデンティティを印象づけることができます。
ところでタイのテキスタイルといえば、世界的なタイシルクのブランド「ジム・トンプソン」が有名ですが、このブランドはアメリカ人の実業家ジム・トンプソン氏によって作られました。第二次大戦直後、当時衰退傾向にあったタイシルクを復興させるべく私財を投げ売って事業に取り組んだと言います。タイシルクの伝統的な工法や意匠を生かしながら、欧米的なデザイン、製法、マーケティングを組み合わせて世界的なブランドへと成長させた手法は、まさにタイとのクロスカルチャーの先駆けといっても過言ではなく、大いに参考になるところだと思います。
ジム・トンプソン
https://www.jimthompson.com/
仏教をルーツとしたタイと日本の美意識の分岐
タイと日本の大きな共通点の一つとして、両国は仏教の影響を強く受けてきた歴史を持つ点があげられます。他者との調和を重視する普遍的な思想はそれぞれの国民性や道徳観に影響し、両国の親和性の高さの要因の一つとなっていると考えられます。
一方で、仏教というルーツは同じでありながら、両国とも独自の進化を歩んでおり、両国の美意識にも深く影響を与えています。
タイの仏教美術は、大陸から東洋と西洋の文化が流れ込み、多彩な様式が融合した仏教美術が特徴となっています。
例えば、タイの伝統建築ではヒンドゥ教の影響が強いクメール様式から西洋の建築様式の影響を受け絢爛豪華な装飾が施されたラッタナーコーシン様式まで、時代ごとに特徴的な寺院建築を見ることができます。
一方、日本においては神道の存在が大きく、仏教が伝わる以前から自然を崇拝する信仰が根付いていました。長い年月を経て神道と仏教が融合した独自の信仰体系が形成され、建築や美術に色濃く反映されています。
また日本においては仏教の中でも禅宗の影響が大きく、この禅宗の思想や慣習が日本人の美意識に深く結びついています。
禅宗は12世紀初頭に中国から日本に伝わりましたが、本格的に受け入れられたのは鎌倉時代からと言われています。以来、禅の哲学や思想は、茶道や庭園、俳句などの文化表現に深く根付いています。禅の「無」の概念は、物事や形式に執着せず、ありのままの自然な状態を受け入れることを奨励します。この考え方が、日本の美意識において自然であることや、シンプルな美を重視する要因の一つともなっています。茶道や庭園などの日本の伝統芸術では、無駄を削ぎ落としたシンプルな美が重要視される傾向があります。
バンコクの寺院「ワット・アルン」の壁面。緻密な線や円形の配置、幾何学的な対称性が「調和と秩序」とともに「力強さ」を感じさせます。
日本の華道におけるアシンメトリー(非対称性)は、「無」の空間を活かしたバランスの美を追求し、同時に自然の中における調和という美意識が感じられます。
iPhonやMacなどでお馴染みのApple社の製品群には禅の思想が影響していると言われています。創業者であるスティーブ・ジョブスは学生時代に出会った仏教を中心とした東洋思想に強く影響を受けたといいます。
無駄を削ぎ落とし本当に必要なものだけを残す「引き算のデザイン」は世界中から支持を集めており、日本的な禅の思想が影響しているのはクロスカルチャーの視点から興味深い点だと感じます。
参照:Apple.inc
https://www.apple.com/
気候環境から生まれるタイと日本の価値観の多様性
タイと日本のデザインに関する嗜好性の違いを考えるにあたって、両国の気候環境の違いは多分に影響しているのではないかと推測できます。
タイの気候は熱帯性気候に分類され、一般的に温暖で湿潤な特徴を持っています。気温が30度以上の日が多く、特に平野部分では40度を超えることもあります。湿度も高く、暑さがより厳しく感じられることがあります。
湿度の高さにより大気中に水蒸気が多く含まれることで空が曇りやすく、また郊外で行われる焼畑農業などの影響で発生するスモッグによって、タイの都市部では快晴でも青空は見られにくい環境にあります。
デザインにおいて暖かい気候の地域では、明るく鮮やかな色合いが好まれる傾向にありますが、加えて、例えば写真のトーンで言うと、コントラストの効いたドラマチックな印象を受けるものや、南国の乾季を思わせる彩度を抑えたトーンなど、タイの気候から受ける気分にマッチした写真が好まれる傾向にあるように思います。実際に、バンコクの街を歩くとそうしたトーンの広告写真に頻繁に出会うことができます。
一方、日本には四季があり、春、夏、秋、冬といった季節が明確に分かれています。各季節ごとに特有の気象条件が現れ、風物詩や行事がそれぞれの季節に関連しています。年間を通して降水量は比較的多く、その季節ごとの動植物の色を楽しむことができます。
季節ごとに変化する色彩やモチーフは、広告、WEBサイト、雑誌・・等、様々なグラフィックデザインに利用されています。
またタイに比べて湿度が低く、特に冬場の乾燥した季節の晴れた日は青く澄んだ空を頻繁に見ることができます。日本では総じて明るく抜けの良い写真トーンが好まれる傾向にあるのは、こうした日常接している空の色や澄んだ空気感も影響しているのではないかと考えられます。
バンコクの空のイメージ。雲ひとつない快晴でも霞がかり真っ青な空はなかなか見ることができません。
東京の空のイメージ。湿度の低い晴れた日には都心から100km先にある富士山を望むことができます。
タイと日本のデザインの嗜好性の違いを考慮したデザインとは
タイ、日本で見られる様々なデザインは、それぞれの文化や環境の影響を受けた独自の魅力があります。
一方で、他国の人へ企業や商品の魅力を最大限に伝えるデザインには、その土地ならではの嗜好性の特徴を考慮して、異なる文化にも受け入れられるようなバランスが求められます。
例えば、以下のWEBサイトは、どちらもタイ日本でそれぞれ人気の飲食店の口コミ・評価サイトのTOPページです。
Wongnai(タイ)
https://www.wongnai.com
食べログ(日本)
https://tabelog.com
タイのWongnaiを見てみますと、ロゴを含め、アイコンメニューなどで色を多用しており、色を使った分かりやすさとともに、色彩の賑やかさを重視しているように感じられます。
一方日本の食べログではUI(ユーザーインターフェーズ)の色数は極力抑えられ、必要な機能を絞ったシンプルな作りになっており、検索機能や料理の写真に目が行くよう設計されているように見えます。
同じ目的を持ったWEBサイトでもデザイン表現の仕方は、それぞれの地域での使い勝手や見やすさ、親しみやすさやインパクトを考慮して制作する必要があると考えられます。
弊社の制作においても、ユーザーがタイ人がメインか、日本人がメインかによって、デザインの見せ方を工夫しております。
例えば、以下はタイの日系人材紹介会社として最も歴史と実績を持たれているパーソネルコンサルタントマンパワー様のWEBサイトのTOPページです。
パーソネルコンサルタントマンパワー様
求職者向けサイト(弊社制作)
https://www.personnelconsultant.co.th/jobseeker/
パーソネルコンサルタントマンパワー様
企業向けサイト(弊社制作)
https://www.personnelconsultant.co.th
求人を探す求職者は圧倒的にタイ人が多く、求人情報を探す求職者向けサイトはタイ人ユーザーがメインとなります。求職者を探す企業は日本企業の採用担当者となるため、ユーザーとしては日本人がメインとなります。
タイ人ユーザーが多い求職者サイトでは、極力文字数やメニューを減らし、文字をしっかり読み込まなくても分かりやすい構成を意識しています。またメインビジュアルではコーポレートカラーの赤とあえて反対色の青をファーストビューで飛び込ませることで、コーポレートカラーの印象を損なわない形でのインパクトを出しています。
日本人ユーザーがメインの企業向けサイトでは、TOPページの中で、しっかりと文字情報を入れ込むとともに、全体のデザイントーンも明るくすっきりとした印象を受けるようなデザインとしています。
タイ人デザイナー、日本人デザイナーに関わらずですが、自国以外の国のユーザーの嗜好性に合ったデザインを作るには経験値が必要になってくると感じています。どんなにスキルを持つ人でもいきなり他国のユーザーに合ったデザインを作るのは難しく、実際に何度もデザインを作って現地の人の感想や批評を受け入れて次に活かしていく、といった積み重ねが必要になってくると感じます。
これを実現していくには、文化による嗜好性に「差」があることを理解し受け入れる姿勢が重要だと考えています。特に日本人は私も含めて内弁慶になりがちなので、出来るだけフラットに世界を見渡す努力が必要だと考えます。
例えば、多くのグローバル企業のように全世界共通のデザインレギュレーションがあれば、デザイナーのスキルや経験に依存することなくブランドイメージに沿ったデザインを安定して作り出すことはできます。その一方で、マニュアル通りのデザインでは共感や感動を与えるようなデザインは生まれにくいというデメリットもあると考えられます。
デザインを通じて生まれる大きな「共感や感動」に国境は関係なく、多様性の中で国を超えた人と人の掛け算から生まれるデザインの力を信じつつ、タイと日本の双方の魅力を最大限に伝え合えるコミュニケーションを模索し続けていきたいと考えています。